天使の羽根の降るところ
空を仰いで目を閉じた  天使の羽根が降ってきた
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重ねられてゆく日々
0502031月が終わり、2月になった。
一日終われば次の日が来て、一月終われば次の月がきて。
この積み重ねによって流れていく当たり前の日々を、必要以上に感じながら過ごしている。
そんな日々を過ごすようになってからの私は、日々の小さな言葉や小さな出来事から流れでているその時々の感情に、身体や心が敏感に反応するようになった。
もっと簡単にわかりやすく言ってしまえば、涙腺が弱くなった。
きっと涙腺だけでなく、人として、気持ちの面でも弱くなったのかもしれない。

強くなりたいと望んでいた頃があった。
何にも負けない強い人間でいたいと思っていた。
どんなことも自分で受け止めて切り開いて強く生きていきたいと、そういう人でありたいと、望んだ。
けれどいつしか、それは所詮無理なことだと知った。
私はそんなに強くない。
私はそんなに強くなれない。
一人じゃ、心の底から笑うことなんてできない。
一人じゃ、心の底から泣くこともできない。
ただ強がって生きていくことは出来ても、強いふりをすることは出来ても、本当の私はただの弱虫だ。
でも、それでいいと思えるようになった。
強くなんてならなくていい。弱くてもいい。
支えられながら、甘えながら、寄り添いながら、弱いながらも一生懸命生きていけたらいい。
それこそが「私」で、それでいいんだと思えたら、今までよりもずっと簡単に泣けるようになった。
そして、泣けるということは、頭を撫でてくれる手があるということなのだと知った。

今日が終われば、明日がくる。
2月が終われば3月がくる。
この積み重ねによって流れていく当たり前の日々を、もうしばらく必要以上に感じながら過ごすことにする。
時には小さな言葉や小さな出来事を、大切に感じながら。
時には、大事に抱えながら。
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幸せな想いで包み込む
眠りに落ちるほんの間際に、何をキッカケにか、思い出さなくていいことを思い出してしまって、胸がドキドキして眠れなくなってしまった。
暗闇の中、思考は底へ底へ落ちていく。
渾沌とした闇の真ん中。
どこにも光は見えなくて、ただ、ドクンドクンと脈打つ自分の身体の音だけが聞こえる。
忘れてしまいたいモノほど、鮮明な記憶となって心の隅っこにうずくまっているもの。

「ワタル」

暗闇にむかって、声に出して呼んでみる。

「ワタル、ワタル、ワタル」

何度も。

幸せな想いですべてを包み込んでしまえ。
すべてすべて包み込んで、自らも包み込んで、光をみつける。

ワタル ワタル

ワタル ワタル ワタル・・・・

幸せな想いですべてを包み込んでしまえ。
ふんわり包まれて、眠りに落ちるまで。


気持ちのいい 朝だった。
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ひとつだけ
ふたつ幼い私に与えられたのは、欲しいものに手を伸ばす勇気。
ひとつ幼い私に与えられたのは、愛する人と共に育む強い想い。


見上げれば、そこにはどこまでも続く空が広がっていて。
そこには、たくさんの人のたくさんの想いがあって。
そこには、たくさんの人のたくさんの願いが昇っていって。
そこには、たくさんの人のたくさんの祈りが捧げられていて。

空を見上げて、想いが届きますようにと、どれだけ願っただろう。
空を見上げて、願いが叶いますようにと、どれだけ祈っただろう。

いつでも、空が広がっていて。
それは、誰の上にも広がっていて。

昨日も。
今日も。
そして、明日も。


一年にひとつ。
ひとつだけ願いが叶うなら、私は迷わず願う。

ワタルと手を取り合えますように。

迷わず、願い続ける。
迷わず、祈り続ける。
叶うまで、ずっとずっと。

明日、私が空を見上げて願うことは、ひとつだけ。
明日、私が空を見上げて祈ることは、ひとつだけ。
たったひとつだけ。

天使の羽根が降るその日まで。
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心に虹が架かる時
雨降りの日が続く。
望むのは、優しい秋晴れの空。
心の中まで晴れ渡るような、そんな空がほしい。

雨上がりの空に虹が架かった時、そのあまりの美しさに言葉を失うことがある。
どんな言葉も意味をなさない。
どんな言葉も、その感動を伝えきれない。
本当に美しいもの見た時、本当に美しいと感じた時、
心の底からの深い感情は、言葉なんかでは補いきれない。
だから、一番シンプルな言葉で現す。
装飾は何もいらない。

空に現れた美しい虹にはたった一言。
「きれい」


心が震えるくらいの感情が沸き上がった時、それを言葉にするのはとても難しいことがある。
そんな時、人は言葉ではなく態度で示す。
顔をくしゃくしゃにして笑う。
涙をぽろぽろこぼして泣く。
ぎゅうっと手を握る。抱き締める。
添えられる言葉は、シンプルなものだろう。
装飾は、何もいらない。
それだけで、伝わるから。

心に虹が架かった時。
出てきた言葉はたった一言。
「ありがとう」

それは心の底からの深い深い感謝だった。
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想いは届く
なんでも話せて、なんでも言い合えて、喜怒哀楽を共にできる。
でも鏡に映した自分ではないから、わかりあえないこともあって、すれ違うこともある。
傷つけあうこともあって、傷を癒しあうこともできる。
そんな友達っていますか?
私には、います。
笑うよりも、泣くことのほうが上手かもしれない。
強がりで、寂しがり。
強くて、弱い。弱いけど、強い。
そんな友達。

出会いは、本当に不思議だ。
数えきれない出会いの中で「この出会いは他の出会いとは何かが違う」というものが必ずあるんだと思う。
その友達と出会えたこと。
それは奇跡の始まりだと、私は思っている。
出会えて良かったと心の底から思い、その出会いに心の底から感謝している。
出会った、ちょうど二年前の秋に友達が言った言葉が今でもはっきりよみがえる。
「好きだって言おうとすると涙がこぼれそうになるから言えないの」
かわいくてたまらないと思った。むぎゅって抱きしめたくなった。
出会ってちょうど一年が経った秋に交わした言葉が今でもはっきりよみがえる。
「一生分の友情、ありがとう」
涙が止まらなかった。抱きしめて抱きしめられたくなった。
そしてまた、秋がきた。

友達は、覚えているだろうか。
「あなたの想いはきっと私に届く」
そう私に語りかけてくれたことを。
私はその言葉に勇気をもらい続けて、そうしてこの秋を歩いている。
友達と一緒に。
この秋も、次の秋も、ずっと、ずっと。
想いが届くと言ってくれたその言葉を胸に。

いっぱいいっぱい想いをあふれさせよう。
悲しくてつらい時に一緒に泣いてくれる友達がいるから。
楽しくて嬉しい時に一緒に笑ってくれる友達がいるから。
だから、いっぱいいっぱい想いを届けよう。
大好きだよ。ありがとう。って・・・そう届けよう。

その友達を、私は親友と呼んでいます。
親友は、かけがえのない、私の宝物。
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答えに辿り着くまで
何かひとつの答えを導き出そうとする時、その方法はひとつではないと思う。
まっすぐ答えだけを追い求めることが必要な時もあれば、少し回り道をしたほうが良い時もあるんだと思う。
どこへ進んでいいのか、何が正しくて何が間違っているのか、何を思って何を選んだらいいのか、着地点が見えなくなった時、その打開策もそれぞれ。
必死にもがいてみることも、じっと立ち止まってみることも、少しだけ進んで様子を見てみることも、できる。
でも、それさえも考えたくない時、考えられないくらいにわからなくなってしまう時もある。
もう疲れきってしまって、何もかもを考える気力もない時。
手をひいてくれる誰かに、そのままついていってしまいたいという衝動に襲われたりする。
それも、ひとつの方法だろうと思う。
正しいかどうかわからない方向に、もしかしたら間違っているかもしれない方向に、ひたすら進んでいって、そこで初めて考えることも。
そして、目を逸らして逃げ出すことも。

言葉では、カッコイイこと、いくらでも言える。
何もかもわかってるような顔で、正論をふりかざすことも。

海の真ん中で、進む方向を見失ったらどうしたらいいだろう。
波にゆらゆら揺られているだけでは何も解決しなくて、進むことも怖くて、戻ることも怖くて。
一緒にいたはずの誰かの姿も見えなくて、つないでいたはずの誰かの手がなくなっていて。
誰かが足をつかんだら・・・ぐいっと引っ張られたら・・・。
たちまち沈んでいってしまう。
もがいても、もがいても、もがけばもがく程、どんどんと海底へと沈んでいってしまう。
どんなにもがいても引き込まれていったら、きっとそのうち、もがくのをやめてしまう。
もういいや・・・って、諦めてしまう。
そのまま投げ出すなら、それでもいいのかもしれない。
溺れて、息が出来なくなって、すべてを忘れてしまうなら。
でも、もう一度、この目で空を見たくなったら・・・・もう一度、この目で太陽を見たくなったら・・・・。


足を引っ張って引き込んでいくのが、さっきまで一緒にいた、つないでいたその手だったら・・・
・・・・ひたすら溺れてみようか。
何も考えずに、引き込まれるままに。
ひとりじゃないと信じて、海の底まで落ちていって、そうして見上げてみようか。
でも、もしそのまま浮くことができなかったら・・・・。
不安は、あとからあとから襲ってくる。
答えもでなければ、答えを導き出す方法さえも・・・・わからない。
答えを導き出すというのは、難しい。
難しい。

「もういいよ」って、頭をなでてくれませんか?
「もう浮いておいで」って、手をひっぱってくれませんか?
空気を送ってくれませんか?

そうしてほしくて、そうしてあげたい。
空を見上げたい。
太陽を見たい。
そうしてゆっくり答えを導き出していきたい。
ゆっくり。
ゆっくり。
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繋がれた手
ふと考えることがある。
周りを見渡せば、いろんな人がいろんな道をいろんな表情で生きている。
生きるって大変だ。
生きるということは、本当に本当に大変なことだ。
苦しいことがたくさんあって、悲しいこともたくさんあって。
打ちひしがれて、すべてを投げ出してしまいたい瞬間も、ある。
でも。
生きるって素晴らしい。
生きるということは、本当に本当に素晴らしい。
楽しいこと嬉しいこと、幸せなことがたくさんある。
色とりどりの日々や輝く毎日が、そこにはある。
自分の力ではどうにもならないこともあるけれど、自分の力でどうにかなることも、自分の力でどうにかするしかないこともあるんだと思う。
日々の彩りは、心の持ち様、心の問題なのかもしれない。

わかってはいても、なかなかうまくはいかなくて泣きたくなったり、諦めたくなったり。「もうダメかも」なんて思うことは結構ある。
うまくいくことばかりじゃなくて、思い通りにいくことばかりじゃなくて、
なかなか前へ進めなくて、なかなか掴めなくて。
でも。
だからこそ、
うまくいった瞬間が嬉しくて、思い描いた通りになった瞬間が嬉しくて、
前へ進めたら嬉しくて、掴めたら嬉しくて。
だから、また頑張ろうって思えるのかもしれない。
今の苦しみは、喜びへのステップで、その喜びは、力となるのかもしれない。
・・・そんな気がする。
例えば最後まで上手くいかなくても。
思い描いてることの半分しか実現しなくても。
なかなか前には進めなくても、掴みきれない何かがあったとしても。
やるだけやった、足掻くだけ足掻いた、頑張れるだけ頑張った。
そういう事実やそういう気持ちは、やっぱり満足感とか次への勇気に変わるんじゃないかな。
・・・・そんな風に思う。


最初の一歩は、自分で踏み出すしかない。
俯いた顔は、自分であげて前を向くしかない。
その踏み出す勇気は、自分で生み出すしかないかもしれない。
その前を向く勇気は、自分で生み出すしかないのかもしれない。
ほんのちょっとかもしれないけれど・・・
ホントにホントに僅かかもしれないけれど・・・
その勇気、この繋がれた手から生まれるといいな。
私のこの手に、そんな力があったらいいな。
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